留学生活 2018年2月

日本の町の景色、留学生活のまとめ
[2018/02/25]

電柱のないパリの街並み

2月18日(日)、帰国しました。6か月ぶりの日本です。 帰国して数日間、時差ボケ解消のため、ずっと部屋で眠っていました。身体がだるいので、どこにも出たくありません。 6月初旬、イギリスから帰国した時は、このような感じではなかったのですが…、フランスと日本のギャップ差が大きいのですかね。 元気になったので外出したのですが、町中は電柱や電線だらけ。 パリには電柱はなかったで、フランスと日本の風景のギャップを感じます(早く、電線を地中化して欲しいですね)。 それから、以前は、まったく気にも留めなかったのですが、町中にフランス関係の店がたくさんあることに気づきました。 留学すると、日本の景色が前とは違って見えるのが不思議です。

フランス留学の6か月間を、まとめました。 訪れた観光地は126(訪れたのは53都市)、美術館・博物館は81、コンサートは18、レストラン43。 観光地、美術館、コンサート数を合計すると、180日間で225か所をまわったことになります(のべ数にするともう少し多い)。 1日1か所以上、どこかに行っている感じです。撮った写真の枚数は約20000枚。これらの数字を見返すと、我ながらよく遊んだなと思います。 今年度はこの体験をもとに読書を通して観念的な裏付け作業を行おうと考えています(今年は何冊、本が読めるでしょうか)。 ちなみにアップした写真はお気に入りの写真です。


レ・ボー・ド・プロヴァンス城塞跡

サント・ヴィクトワール山

アヴィニョン法王庁

ノートルダム大聖堂

リヨン大聖堂

アンディーブ

エッフェル塔

マルセイユ港

ロワール古城めぐり、ルーアン、オルレアン、ランス、パリの墓地
[2018/02/18]

サン・ガシアン大聖堂

ロワール地方に行き、アンボワーズ、ブロワ、トゥール、シャノンソーの古城めぐりをしました。 アンボワーズにはアンボワーズ城の他、レオナルド・ダ・ヴィンチの墓、クロ・リュセがあります。
シャノンソー城は「6人の女の城」と呼ばれるだけあって優雅で美しい城、ブロワ城は男性的な城です。 パリ郊外にある絶対王政時代の城と比べると規模は小さいのですが古格(室町時代の山城のような感じ)を感じます。 城めぐりの途中、トゥールのサン・ガディアン大聖堂に行き、13世紀のオリジナルステンドグラスを見ました。 蝋燭の光と夕闇が重なって美しかったですね。


トゥールブリュムロー広場

アンボワーズ城

ダ・ヴィンチの墓

クロ・リュセ

ブロア城

ブロア城内

シャノンソー城

シャノンソー城内部

(右)ノートルダム大聖堂 (左)サン・マクレー教会

ルーアンはノルマンディー公国の古都、ジャンヌ・ダルクの最後の地、モネが大聖堂の連作を描いた町として有名です。 町の中心には、ジャンヌ・ダルクが火刑に処せられた広場、ノートルダム大聖堂、サン・マクルー教会、サン・マクルー中庭があります。 サン・マクルー教会の後期ゴシック、ルネッサンス様式の彫刻は繊細で見事ですが、中庭には14世紀にペストで亡くなった人々(4分の3の市民)の遺骸を収容するための建物に死をイメージした装飾があって不気味な感じでした。
オルレアンは、ジャンヌ・ダルクがイギリス軍から解放した町。 彼女が1429年4月29日から5月9日まで滞在した家、生涯を描いたステンドグラスのあるサント・クロス大聖堂、ルネッサンス期のグロロ邸があります。この町ではジャンヌは英雄。
ランスには歴代フランス王が戴冠式を行うノートルダム大聖堂があるのですが、そこでジャンヌ・ダルクがシャルル7世にけしかけて戴冠させました。 大聖堂内にあるシャガールのステンドグラスはとても美しい。 この町には初代フランク王国クロヴィスに洗礼を授けたサン・レミの遺体を安置するサン・レミ・バジリカ聖堂や歴代王の遺品を展示するトー宮殿などもあります。 ルーアン、オルレアン、ランスを訪ねて、百年戦争の時代を身近に感じることができました。


大時計

ジャンヌが火刑された広場

サン・マクレー中庭

ジャンヌが滞在した家

サント・クロワ教会

グロロ邸

ランス ノートルダム大聖堂

大聖堂 レリーフ

シャガールのステンドグラス

歴史的な著名人の眠るペール・ラシューズ、モンパルナス墓地に行きました。 墓の装飾はユニークで、人気のある著名人の墓前にはファンが献花しています。 ペール・ラシューズではショパン、ピアフ、オスカー・ワイルド、ドラクロア、モンパルナス墓地ではサルトル、モーパッサン、ゲインズブールなどの墓を見ました。 マリア・カラスの墓の近くで葬送が行われていたのですが、観光客と喪服の人が混じりあって変な雰囲気でした。 墓は音楽家、作家、演劇関係者の墓は華で花が添えてあります。 それに比べると画家、哲学者の墓は地味(墓碑銘も消えていたりする)。 ちなみにユダヤ人の著名人お墓には石(アインシュタイン)が置いてありました。


モーパッサンの墓

エディット・ピアフの墓

ショパンの墓

サルトルの墓

ボードレールの墓

セルジュ・ゲインズブールの墓

サンジェルマン・アン・レー、シャンティイ、雪のパリ
[2018/02/11]

サンジェルマン・アン・レー

パリ市街眺望

ドビッシーの家

サン・ジェルマン・アン・レーはパリから列車で30分、気軽に行ける観光スポットとして人気があります。 この城で生まれたルイ14世は、この城に愛着を持ち、庭園もル・ノートルに設計させました。 現在、城内にはヨーロッパ最大の先史時代の収集品がある国立考古学博物館が入っています。 絶対王政の城の中で、ガリアの遺物を見るのは違和感がありますが、とても面白い。 ところで、サン・ジェルマン・アン・レーにあるドビュッシーの家を訪ねることを楽しみにしていたのに、行くと臨時休館。 サイトには明日から改装工事のため閉館と書いてあるのに……。ここでもフランスのいい加減さを味わいました。

2月4日、パリに雪が降りました。この日、シャンティイに出かけたのですが、雪景色のシャンティイは普段とは別世界。 観光客も少なく、静かな気分で観光をすることができました。 シャンティイの見所はおしゃれなシャンティイ城、オーマール公の絵画コレクションがあるコンデ博物館、大厩舎、ヴァテールの厨房を改造したレストラン「ラ・キャピテヌリー」です。 寒かったのですが、風情のある観光ができました。


シャンティイ城

4日から7日の気温は最高気温が1℃、最低気温は−7℃(7日)です。雪の影響でエコール・ポリテクニークは休講。 友人の話だと校庭に20cmの雪が積もっているそうです。 1987年以降、最悪の大雪でパリ周辺では740キロの渋滞が起こっているとか。 エッフェル塔など観光地の一部が閉鎖されています。 このような時期にパリに来ると、観光客も大変ですね。


フォンテーヌブロー、シャルトル大聖堂、サン・ドニ・バジリカ大聖堂
[2018/02/04]

フォンテーヌブローは世界遺産で、約400年間にわたって増改築を繰り返した城があります。 フランソワ1世によって作られた回廊や舞踏の間は荘厳で重厚、ルイ14世の寝室や王妃の寝室は気品に満ちています。 ヴェルサイユ宮殿に比べると、自然光や蝋燭を使い、 邸内の美しさを強調する演出がなされているので、時代の雰囲気を体感することができます。 宮殿外にはナポレオン1世がエルバ島に流される前、衛兵に分かれを告げた「別れの広場」や、ル・ノートルが設計した庭園があります。 アヴィニョンからパリに移ると教皇派から王党派に転換した感じがします。


シャルトルにある世界遺産、ノートルダム大聖堂に行きました。この教会の見所は「シャルトルの青」と呼ばれるステンドグラス。 実際に外部の光を通して見るステンドグラスはとても美しい。
聖堂内には、カール大帝が十字軍遠征の際にイスラエルから持ち帰ったとされる「聖母マリアの聖衣」もあり、多くの人が熱心に聖衣に見入っていました。 大聖堂の塔に登るツアーに参加して、歴史や建築の説明を聞きました。建築に焦点を当てて教会を見ると見え方が変わって面白いですね。 ちなみにシャルトルの町はアヴィニョンとそっくり。 中洲や川沿いに大聖堂(アヴィニョンは教皇庁)があり、街並みも中世そのもの。王党派から、再び教皇派に戻った感じがします。


聖母マリアの聖衣


翌日、パリの北4キロにあるサン・ドニ・バジリカ大聖堂に行きました。 ここは革命前までフランス王室の公式の墓所、ロンドンでいうとウエストミンスター寺院のような教会です。 建物内にはメロヴィング朝のクロヴィス1世から近代のルイ18世まで、42人のフランス王と32人の王妃の石棺があります。 しかし、革命時、王の墓は革命家たちにより、めちゃくちゃに破壊され、遺骨はうち捨てられました(それで今は石棺の中に誰が埋葬されているのかわからない)。 以前、サン・ドニは貧民の住む治安の悪い地域でした。 由緒正しい教会のある地域がそのような状態になったのは、フランス革命のせいですね。よっぽど、庶民は王室を憎んでいたのでしょう。 サン・ドニに行った後、エコール・ポリテクニークに在籍している慶應大学12年卒の先輩Mさんと食事をしました。 Mさんはとても面白い方で、話題も豊富。 パリに来ても三田会のありがたさをあらためて感じました。


フランソワ1世の墓

マリー・アントワネット、ルイ王族の墓


週後半、パンテオン、サンテティエンヌ・デュ・モン教会、リュクサンブール公園、シテ島のにあるランベール館、ローザン館に行きました。 パンテオンにはルソーやボルテール、ユゴー、聖ジェヌヴィエーユを祀るサンテティエンヌ・デュ・モン教会にはパスカルやラシーヌの墓などの石棺が安置されています。 ルソーの墓などは豪華がですが、ユゴーやゾラの石棺は簡素。火葬の日本とは埋葬方法が違うので、 棺の中に遺体があると思うと歴史的な人物を身近な感じることができます。
その後、シテ島にあるボルテールが住んでいたランベール館、ボードレールが住んでいたローザン館、サン・ルイ・アン・リル教会、モンマルトルにあるエリック・サティの住んでいた家を訪ねました。 パリで至る所で著名人の住んでいた家や墓所に出合うことができます。
ところで、現在、パリに洪水警報が出ています。毎日、雨が降るので、もう少しでセーヌ川が氾濫しそう。 洪水にならないことを願っています。

増水したセーヌ川


リュクサンブール公園

サンテティエンヌ・
デュ・モン教会

ランベール館中庭

サン・ルリ・アン・リル教会

サティの家

ローザン館

パンテオン

ルソーの墓

ボルテールの墓

パスカルの墓

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