留学生活 2018年1月

パリの雨、ヴィクトル・ユーゴー記念館、ヴェルサイユ宮殿
[2018/01/28]

パリは毎日、雨が降っています。それが持続的に続き、1月25日(木)、セーヌ川に洪水警報(警戒レベルは上から2番目)が出されました。 2016年6月、パリ洪水では水位が6、1メートルに達しましたが、今回もそれに匹敵する被害が出そうです。 3日前に行ったルーブル美術館「イスラム美術室」も昨日、閉鎖されました。一体、この雨、いつまで続くのでしょう。
24日にエッフェル塔に行ったのですが、そこから見るセーヌ川も水位は高め。川岸の歩道や街路樹は水没しています。 この日、パリは晴れ間が出ていたので、まさか、このようなことになるとは……。 エッフェル塔からシャイヨー宮や公園、セーヌ川沿いの風景、遥かにはノートルダム大聖堂やモンマルトル、ブローニュの森、デファンス地区(東京都庁周辺のビル群を思い出します)を望むことができます。 晴れ間に一望したパリの町は美しかった。

水位の上がったセーヌ川


エッフェル塔

エッフェル塔 内部

エッフェル塔から見た風景

リュクサンブール公園

木曜日にシュリー館、ヴォージュ広場、ヴィクトル・ユーゴー記念館へ行きました。 この地区では、17世紀以降、多くの貴族たちが館を構えました。記念館はヴィクトル・ユーゴー(1802年〜1885年)の最期の住まいで、邸内にある中国の間、ダイニングの装飾が見事です。 名作を生んだ書斎には自筆の草稿がありました。最後を迎えた寝室もベッドや調度品がそのまま展示されています。ユーゴーの父親ジョセフはナポレオン軍の軍人で、ナポレオンを崇拝する生粋の革命派、一方の母親は王党派。ユーゴーは革命派の父と王党派の母の間に挟まれ苦労したようで、その様子を「レ・ミゼラブル」の中にポンメルシー大佐とジルノルマンとして描いています。 記念館にいるとナポレオン時代の雰囲気が伝わってきます。歴史的な作家というのは面白いですね。

ヴィクトル・ユーゴー


シュリー館

ヴォージュ広場

ユーゴー記念館

ユーゴーの書斎

自筆の草稿

ダイニング

中国趣味の間

ユーゴーの寝室

26日(金)、久しぶりに晴れたので、ヴェルサイユ宮殿に行きました。宮殿内は豪華絢爛、見ているとクラクラします。 宮殿を見た後、庭を通ってグラン・トリアノンやプティ・トリアノンに行きました。こちらは王宮よりもお洒落。 原色を巧みに使った、軽い感じのするポップな部屋で構成されています。王宮は公用、離宮は私用のための宮殿なのでしょう。 プティ・トリアノンはマリーアントワネットの宮殿で、近くに池や風車小屋、農家、灯台など、彼女の故郷を再現した村里があります。 王宮の中に、のどかできれいな風景が広がっています。 ヴェルサイユ宮殿に来て、絶対王政が何か理解できたような気がします。


ヴェルサイユ宮殿

グラン・トリアノン

王妃の村里

モンマルトル墓地、アンヴァリッド、教会巡り
[2018/01/21]

ゾラの墓

モンマルトル墓地、アンヴァリッド、軍事博物館、ルーブル美術館、サンジェルマン・デ・プレ教会、サン・シェルピス教会、サン・ロック教会、ノートルダム大聖堂、フォーロム・デ・アール、ドラクロア記念館、クリュニー美術館、サントシャペル、コンシェルジュリーに行きました。
モンマルトル墓地には、エミール・ゾラ、ドガ、モロー、フランソワ・トリュフォーなどの著名人の墓があります。 ギュターブ・モロー美術館やモンマルトル博物館に行った後、モローやドガ、ドレフェスが学んだエコール・ポリテクニックに行った後にゾラの墓を見ると感動的です。 アンヴァリッドで、クレオール将軍(ミズーリ号で調印した仏将軍)の墓を見たかったのですが改装中で見学することができませんでした。残念。 ところでパリを歩くと、歴史的な著名人の住んでいた家に出合うことがあります。 写真にアップしたカラフルな絵が描かれているのは1960年代からパリで人気のあったセルジュ・ゲンズブールの家。 故ゲンズブールは現在でも人気があります。亡くなっても派手ですね。


モンマルトル墓地

トリュフォーの墓

ギュスターブ・モローの墓

ドガの墓

ゴンクール兄弟の墓

軍事博物館とアンバリッド

ナポレオンの墓

アンバリッド内部

セルジュ・ゲンズブールの家

パリの街を散策していると地区ごとに小さな村のように住み分けがなされているのがわかります。 例えばマレ地区はユダヤ人街、サン・シュルピス教会周辺はハンガリー人街、オペラ通り周辺は日本人街です。 モンマルトルの丘とサンジェルマン・デ・プレ教会周辺は共に芸術地区ですが、モンマルトルの丘は田舎の感じ、サンジェルマン・デ・プレは整然と画廊が立ち並ぶ都市的な感じがします。 現在、パリは2024年のオリンピックに向けて、東京都と同じように都市改造が行われています。


  フォーロム・デ・アール

パリの眺望


ノートルダム大聖堂をはじめ、パリ市内にある教会廻りをしました。 パリには6世紀創建のサン・ジェルマン・デ・プレ教会、中世に創建されたゴシック様式のノートルダム大聖堂、近世のルネサンスのサン・シュルピス教会、 サン・ロック教会、近代のマドレーヌ教会、サクレ・クール聖堂、サントシャペルなど時代を代表する教会があります。 さながら京都の寺院巡りをしている感じ。 パリの観光名所と言えば、エッフェル塔やルーブル美術館などですが、教会を廻るとパリで生活している人たちの別な面に接することができます。


マドレーヌ教会

サン・シュルピス教会

サン・ジェルマン・デ・プレ教会

サン・ロック教会

パッサージュ、エコール・ポリテクニーク、凱旋門、モンマルトルの丘
[2018/01/14]

ギャラリー・ヴィヴィエンヌ

パリに来て2週間、都会の生活にも慣れてきました。 パリは国際都市だけあって英語で話しかけられるし、移民なまりのフランス人だらけ、プロヴァンスとは全く違います。 先週はパレ・ロワイヤル、グラン・パレの「ゴーギャン展」、凱旋門、シャンゼリゼ、ギャラリー・ヴィヴィエンヌ、ギャラリー・コルベール、ルーブル美術館、モンマルトル周辺、サクレクール聖堂を廻りました。 毎日、観光していると旅行をしているような気分になります。 パリは地区によって表情がまったく違うので、散策するだけでも楽しいですね。

ギャラリー・ヴィヴィエンヌはシャンゼリゼ通りが栄える以前のパリの流行の中心地、13番地にはバルザック「ゴリオ爺さん」のヴォートラン、ヴィクトル・ユーゴー「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンのモデルになったフランソワ・ヴィドックが住んでいました。 彼はパリ市警の基礎を築いた人物で裏社会に精通し、回顧録はアーサー・コナン・ドイル、エドガー・アラン・ポーなど探偵小説に影響を与えたといわれています。 パリ観光のお勧めスポットです。

(左)ギャラリー・コルベール(右)フランソワ・ヴィドックの家

知人の紹介で毎水曜日、エコール・ポリテクニークの日本語の授業にゲストとして参加しています。 3年生のNon-debutants(非初心者)クラスには日本に留学経験のあるピエール君やエウィン君などがいます。彼らとは去年の夏、東京で食事をした仲。 再会するのは半年ぶりです。この日はピエール君が「古事記と神道」についてのプレゼンテーションを行っていました。 日本に来たときに神道が何かわからなかったので興味を持ったそうです。 フランスで日本語を学ぶ学生は、日本のアニメや漫画、映画が好きな人、語学が好きで美しい言語に興味を持った人たちです。 授業後、ピエール君が初代ポリテクニシャンの像や有名な卒業生の業績をたたえる展示場がある校内を案内してくれました。 ナポレオンが創設したエコール・ポリテクニークは現在、国防省に属しています。 翌日、凱旋門に行き、門の真下には無名戦士の墓や兵士をたたえるプレート「ICI UN SOLDATE QUI EST MORT POUR PATRIE(愛国の徒ここに眠る)」を見ました。 エコール・ポリテクニークや凱旋門を見ると、ナポレオン時代、フランスが軍事大国だったことを感じることができます。


初代ポリテクニシャン像

古事記のプレゼンをするP君

凱旋門

愛国者のプレート

シャンゼリゼ

私のホームステイ先は9区にあるので、モンマルトルの丘まで歩いて行くことができます。 モンマルトルは都会の中の田舎(Le Campagne a la ville)と呼ばれる東京の浅草のような下町。 町中にはピカソやゴッホの住んでいた家、洗濯船など、美術家関係の観光スポットがたくさんあり、モンマルトル美術館に行くと町の歴史について知ることができます。 2週間で4度、モンマルトル周辺を散歩したのですが、いつ行っても楽しい町です。

モンマルトルの丘 テルトル広場


ムーラン・ルージュ

ブドウ畑

ジュテームの壁

サクレ・クール聖堂

パリ
[2018/01/07]

曇り空のパリ

1月1日、4か月間住んだアヴィニョンを後にして、パリに移動しました。パリには1か月半滞在し、観光名所、美術館・博物館を廻る予定です。 1日の夕方、パリに着き新しいホームステイ先のモーパス家に着きました。モーパスさんは一橋大学にも留学経験のあるフランス人建築家です。 住まいはムーラン・ルージュが近くにある9区にあります。このような都心に住めると思っていなかったので、とてもラッキー。
パリに着いた感想は、「寒々としている」。パリはプロヴァンスやコート・ダジュールのように明るくない。 多くの画家が最後は、光あふれる南フランスに移住した気持ちが理解できます。
クラスの7割は韓国人で、日本人は数人ほど。昔は日本人が大半だったとか。時代が変わったのですね。
EFIの授業は午前と午後にわかれおり、その合間に時間を見つけてパリ散策をしています。 先週はマドレーヌ教会、ギャラリー・ラファイエット(1912年に建設されたクーポールを見ました)、パリ・ガルニエ、オルセー美術館などを廻りました。 土曜日に知人の家で日本鍋パーティーに参加したのですが、家主のザビエーさんは日本に留学してた時、慶應の来往舎(日吉キャンパスの塾員用迎賓館)に住んでいたとか。 パリに来て、東京に住んでいたことのある人が多いので驚きました(アヴィニョンとは、まったく状況が違う)。 これから1か月半、パリを堪能し、フランス人学生と人脈づくりに励みたいと思っています。

ギャラリー・ラファイエットのクーポール(丸天井)


パリのホームステイ先

マドレーヌ教会

ギャラリー・ラファイエット 内部

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