休学生活 2017年8月

学生ビザ取得と鎌倉散策
[2017/08/27]

先週、申請したフランス留学の「学生ビザ」が認可され、24日(木)に受け取りに行きました。申請した時期が遅かったので、「学生ビザ」を受け取って、ホッとしています。 申請時、学生の審査をするキャンパス・フランスに行った時、6か月の留学申請を見て「交換留学?」と聞かれました。 最近は長期の私費留学をする学生が少ないようで、ピーク時の8万人(平成16年)から、5万人(平成27年)に減少しているようです。 「日本の大学生は内向きになっている」、「海外留学が就活に役立たない」などの社会分析がありますが、長い時間、自由でいられるのは学生時代しかないので、私は奨学金を借りてでもフランスに行くことに決めました。
8月27日(日)には東京大学のU君と一緒に鎌倉を廻り、その後、エコール・ポリテクニークのフランス人、インターン生P君と食事をしました。 P君とは7月16日に一緒に鎌倉を廻り、シラス丼を食べた友人。今回は来年、東京大学大学院に行きたいというP君が東大生のU君に会いたいというので食事会を企画しました。 鎌倉の報国寺、瑞泉寺などを散策した後、茅ヶ崎でP君と会って、同学年3人で飲みました。P君は日本語が上手なので話がはずみます。U君もP君も専門は物理学。 私は文系ですが、専攻が違っても友達になれるのですから面白いですね。
ちなみに、P君によるとフランスのグラン・ゼコールではインターン制度があり、3年次にフランス政府から給与をもらい、学生の半分は国内、半分は海外へ企業研修に行くとのこと。 大学のカリキュラムで海外にインターンに行くのですから、フランスは良いですね。 私費でフランスに留学する私としては、うらやましい限りです。



学生ビザ申請
[2017/08/20]

8月14日、フランス大使館に行って、学生ビザ申請を行いました。今回は書類の提出だけで、審査後、正式に学生ビザが発行されます。 後はフランス滞在中の保険をかけるだけ。今回のフランス留学に関してお世話になったのは「フランス留学館」のYさん。 最初から最後まで相談に乗っていただき感謝しています。
フランスに出発するまであと10日なのですが、相変わらず私のフランス語は上達していません。 フランス留学は6か月の予定、向こうに行ってフランス語の勉強をすれば良いと考えているのでのんびりしています。 それで今週はフランス留学についてコンセプトを考え、「語学の勉強を中心に留学生活を送る」、「プロヴァンスやパリの文化に触れて、センスを磨く」、 「パリは美術館・博物館中心に生活をする」、「映画や小説を読んでフランス語の勉学に役立てる」、 「クラシック音楽を毎日聞いて、西洋音楽の概念を確立する」の5つを設定しました。 これは学術優先の交換留学とは随分と様子が異なります。 本音は、「人生の中で好きなことだけをする時間を作りたかった」で、学問より観光を優先しました。 遊ぶのも結構体力がいりますからね〜、それはロンドンで体験済み。フランスに行ったらなるべく多くの名所、美術館・博物館を巡りたいと考えています。

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田舎暮らし
[2017/08/13]

広島県竹原市に帰って2週間が経ちました。ここは過疎地帯なので、やることが限られています。 昼は蝉、夜は田んぼの蛙の鳴き声がうるさく、時々、裏山で鹿が鳴き、近所を散歩すると蛇に出会うような田舎です。 このような所では何もすることが無いので、毎日、フランス語の勉強、フランス関連のビデオを見て、修行僧のような生活を送っています。
私は祖母から80歳の高齢者が90歳の一人暮らしの高齢者の面倒を見ている過疎地帯の生活について話を聞きました。 ここにいると日本の過疎化の問題を身近に感じることができます。 現在はSNSが普及しているので、田舎にいても世界中とつながっている感じがしますが、ここにはWi-Fiがないのでインターネット情報が取得できません。 テレビと新聞が主な情報源で、半世紀前の社会がそのまま残っているような感じ。日本の過疎地帯では自動車が欠かせない必須アイテム。 今年、祖母は79歳ですが、まだ車を運転しています(そうしなければ生活できない)。 最近は高齢者の交通事故が社会問題になっていますが、2020年以降、車には自動運転機能が搭載されるので事故も減少するでしょう。 現在とは違って、数十年後の高齢者はハイテクを自在に活用しているはず。 私が見ているような田舎の風景が数十年後に存在しているかどうか……。 その時、私は祖母と生活した田舎生活を思い出し、不便さを懐かしがっているかもしれません。


平和記念式典
[2017/08/06]

8月6日(日)、平和記念公園で行われた「平和記念式典」に初めて参加しました。 今までテレビ・ニュースなどで式典を見たことはあったのですが、実際に行くと感じが違います。 式典には安倍首相も出席しており、平和公園で8時15分に捧げる黙とうにはで真摯な気持ちになりました。 平和式典が終わった後、平和記念公園、平和大通りに設置されている彫刻や記念碑を見て廻りました。 平和記念公園の設計者は丹下健三、記念碑や平和大橋の設計はイサム・ノグチ、その他にも公園、大通り内にはたくさんの慰霊碑や彫刻があります。 広島市に住んでいる人は意外とそれに気づいていないようです。
その中に、私の曽祖父が原爆投下の数か月後、撮った写真の案内板が原爆ドームから100メートル離れた場所にある元安橋のたもとにあります。 曽祖父は娘(私の大叔母)を原爆で亡くしており、それを見ると自分に親族が少ないのは原爆の影響があったことをあらためて感じます。 最近は被爆者の高齢化が進んでいます。若い世代は原爆の悲劇を忘れずに語り継いでいく必要があるでしょう。戦争、原爆投下について考えた1日でした。


曽祖父が撮影した元安橋の写真と旧元安橋の欄干           


丹下健三が設計した平和記念公園


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