大学生活 2016年6月

趣味から仕事になりつつある「ブログ」
[2016/06/26]

最近、ブログがマンネリ化してきたように思えます。最初は趣味で書いていたブログですが、最近は「ブログを書かなければならない」という「使命感」で書いています。構成もだいたい「どこそこへ行きました。こういうところです。こう思いました。」のワンパータンになってきて、正直なところ、このブログを書くのに飽きてきました。「三日坊主」ならぬ「三月(みつき)坊主(ぼうず)」です。今日は気分を変えて、そのことについて書きます。
3月から始めたブログも、3カ月がたち、記事もだいぶ増えました。書いていると徐々に形式ができ、なんとなく「こうでなければならない」という、ブログの固定観念みたいなものが現れます。その観念に、僕は今、束縛されています。僕がブログを書いているというより、ブログが、僕に書かせているという感じ。妙な話ですが、最近はそんな感覚に支配されてブログを書いています。これはSNSの使用時にも感じる感覚に似ていています。
ブログに限らず、サークルや、学業、ひいては仕事に至るまで、我々は、「好き」で物事をやるのが理想なのですが、ついつい、周りの状況に流され、自分を見失ってしまう。会社に入っても、すぐに辞める新卒が多いと聞きますが、好きで入った会社でも、会社のための仕事を続けるうちに、自己を忘れ、仕事の為に働くようになって、それで嫌になって辞めてしまうのではないでしょうか。
生きていくうえで、社会的な責任を負うことは必要。ただ、社会的な責任感や使命感で、自分の生き方を抑圧するのは問題です。立ち止まって、一度自分の立ち位置を振り返ってみるのも必要かもしれません。

七十而從心所欲、不踰矩。


入ゼミ説明会
[2016/06/19]

6月23日に入ゼミ説明会があります。慶應では3年生からゼミに入り、4年生で卒論を書きます。経済学部や法学部ではゼミに入る代わりに、卒業試験を受ける学生もいますが、文学部ではほとんどの学生がゼミに属します。最近、近森ゼミや浜ゼミ志望者が多いですが、近森先生は来年から留学するので、今年度はゼミ募集を行いません。近森ゼミ志望だった友人が「近森ゼミに入りたくて社会学専攻に来たのに……」と嘆いていました。大学では、留学や退職、研究休暇などの理由でゼミや授業が設置されないことがしばしばあり、自分が指導してもらいたい教授につけるかどうか、早めに調べたほうが無難でしょう。
僕は、3年時から、このブログでも紹介した岡原先生のゼミに入ろうと思っています。実は、2年生からゼミに参加したくて、事前に先生に許可をいただいていたのですが、必修と被っていて、叶いませんでした。ゼミで勉強してからフランスに行こうと思っていたのに……。入ゼミは再来年、フランスから帰ってきてからになりそうです。

―文学部ゼミ一覧―
李高鎬研究会 コミュニケーション学、マスコミュニケーション学、社会心理学、普及学
浜日出夫研究会 社会学史、知識社会学、メディア論
竹村英樹研究会 教育社会学
杉浦淳吉研究会 社会心理学
三尾裕子研究会 文化人類学、宗教学
金柄徹研究会 韓国若者文化の研究
岡田あおい研究会 家族社会学、家族史
岡原正幸研究会 Art-Based Research、長野県小諸市での企画
工藤多香子研究会 文化人類学
樫尾直樹研究会 文化人類学、宗教学
近森高明研究会 都市社会学


文学部総合講座「聖と俗」
メディアコンテンツのコモデティ化から「聖と俗」を考える
[2016/06/12]

今週は文学部の名物講座を紹介します。文学部には社会学の他にフランス文学、国文学、心理学、美学美術など17の専攻があり、それぞれに専任の教授がいます。しかし、専攻が違えば授業が被ることはほとんどなく、専攻間の交流は少ないのが現状です。文学部総合講座はそんな状況を改善するために、専攻の枠を超えた授業を目指して1994年に開設されたオムニバス形式の講座、「前衛と伝統」「死と再生」「愛とセクシャリティ―」など、毎年決められたテーマに沿って各専攻の教授が自分の研究分野とテーマを絡めて講義を行います。近年は教授だけでなく、外部からのゲスト講演も企画されています。

今年のテーマは「聖と俗」で、今週は『週刊SPA!』の金泉俊輔編集長を招いての授業でした。授業当日に発行された「週刊SPA!(6月14日号)」をテキストに、金泉氏が週刊誌における「聖と俗」について論じました。
講義の中で最も印象に残っているのが「雑誌をあらゆるメディアコンテンツでコモデティ化が起きている」ということ。例えば、「山口百恵」「松田聖子」など時代を代表するトップスターから「AKB48」「乃木坂46」のような大人数グループへと続く、アイドルの変遷を例に挙げてみます。「アイドル」の語源idolは「偶像」「憧れの的」、崇拝の対象となる「聖なるもの」でした。「山口百恵」や「松田聖子」が、崇拝の対象だったのは、いうまでもないでしょう。しかし、1990年代以降、「おニャン子クラブ」「モーニング娘。」「AKB48」など大人数のグループがアイドル産業の主流になります。偶像としてファンに崇拝されていたアイドルは、ファンと同等の俗的な「会いに行けるアイドル」に変容していったのです。このような、潮流はアイドルに限らず、雑誌やテレビ、映画などあらゆるメディアコンテンツでみられると金泉さんはおっしゃっていました。
こうした「コモデティ化」の背景にはインターネットの普及による、メディアコンテンツの量的増加が考えられます。1995年以降、インターネットの普及とともに、情報量が爆発的に増え、メディアコンテンツに対する選択肢が増加しました。好みに合ったコンテンツを選択することを可能になったことで、メディアコンテンツの価値は質から量へと変質していきます。万人が認める絶対的な存在に代わって、「多様」な選択肢を提示することがコンテンツ制作の鍵となりました。コモデティ化したコンテンツが氾濫する背景にはこのようなことがあると考えられます。
このまま、コモデティ化がさらに進むか、あるいは回帰が起こるか、予測することは困難ですが、私としては、特異性のあるコンテンツが復活することを望みます。

写真:https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/610fVK4PL5L.jpg


パレットクラブ「慶美展」 制作
[2016/06/05]

6月21日(火)から26日(日)にかけて、銀座の大黒屋ギャラリー6・7Fで、慶應義塾大学「パレットクラブ」の現役部員とOB、OGによるグループ展「慶美展」が開催されます。私も出品するので、最近、マッチ箱を利用した作品の制作に追われています。
日本でマッチが製造されるようになったのは1875年。金沢藩士清水誠が三田四国町にマッチ工場を建設し、1878年に初めて国産マッチが輸出されてから輸出高が徐々に伸びていき、戦前の主要な輸出品目の一つになりました。日本製マッチ箱の品質は高く、数は減りましたが現在でも輸出されているそうです。
マッチは輸出だけではなく、国内の広告にも利用されました。趣向を凝らしたマッチラベルはデザインが優れ、明治から昭和にかけてのマッチラベルを集めた本も出版されています。アールヌーボーやアールデコ、戦意高揚の広告など、マッチラベルから時代の雰囲気や流行が伝わってきます。
こうしたラベルを参考に、デッサンを描いています。輸出できそうにない問題のあるマッチを作るので、完成したら、このブログにも載せます。楽しみにしていてください。

写真:http://pbs.twimg.com/media/CcrAAZZW4AEmajN.jpg


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