読書・映像鑑賞 2018年7月

映画「シャネルとストラビンスキー」
[2018/07/29]

「シャネルとストラビンスキー」(2009年)はヤン・クーネン監督が衣装デザイナー・ココ・シャネルと音楽家イーゴル・ストラビンスキーの恋愛を大胆に描いたフランス映画です。 先週、「社会心理学特殊Ⅲ」で、ファッションの社会心理学についてのテストがあったので参考にこの映画を見たのですが、いつのまにか圧倒的な映像美に惹き込まれてました。 アナ・グラリスが演じるシャネルはパリのオートクチュールの世界で認められたデザイナー、一方のストラビンスキーは1913年に初演した「春の祭典」が酷評された音楽家。 現在では2人とも偉大な芸術家ですが、1920年前後の2人の関係は見ものです。
映画の中では本物のシャネルの衣装が使用され、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニーが「春の祭典」の初演を実演しています。 デザイン、美術、音楽もどれも素晴らしく、「芸術は良いな」と思わせてくれ、日本人の好む軽めの感性とは違う芸術の奥深さを感じることができました。
個性的で強烈な個性の持ち主であるシャネルは第二次世界大戦中、ナチスに協力した罪で戦後、逮捕されたり、モルヒネ中毒になったりして散々な後半生を送っています。 出生も問題や親に捨てられた過去のあるシャネルは芸術的破壊を、地で行く女性。それくらい強くなければ個性は発揮できなかったのでしょう。 映画を見終わった後、強いお酒を飲んだ時のような気分になりました。

写真:https://ameblo.jp/junehashio/image-12381574113-14204939335.html
http://ppp.holy.jp/tadataeko/2017/10/30/post-595/


映画「教祖誕生」
[2018/07/22]

「教祖誕生」(1993年)、は、ビートたけし原作の小説を天間敏宏監督、主演・萩原聖人、ビートたけしで映画化した作品です。 オウム真理教の死刑囚の執行が行われたので、当時の雰囲気を感じるために、この映画を見ました。 内容は若い青年を教祖に仕立て上げる金目当てのインチキくさいおじさんたちの物語。 この作品で天間監督とビートたけしは、新興宗教団体の俗っぽいインチキさと凶暴性、それを妄信する信仰の愚かさを描いています。 映画が公開されたのは昭和が終わった直後で、父によるとバブル時代、皆、経済が好調なので儲かる人たちは自分を神様のように思っていた。 それに世間の余った金が新興宗教に流れて凄かったと解説してくれました。 この映画が公開されて3年後に地下照サリン事件が起きるのですが、ビートたけしは浮かれている新興宗教が破産していく闇の部分を予感していたのでしょう。 しかし、さすがのビートたけしもオウム真理教がこれほどの事件を起こすとは考えていなかった。たけしが考えていた新興宗教よりもオウムは資金繰りに苦しんでいたようです。 ところで事件を起こした死刑囚たちは、裁判でも黙秘を貫いたとされていますが、これは怪しい。 彼らが話した真実が表に出れば国が混乱すること確実です。国家的には「死人に口なし」が一番、都合好い。 それを選択する日本社会に一種の不気味さを感じるのは私だけでしょうか。

写真:https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%80%8C%E6%95%99%E7%A5%96%
E8%AA%95%E7%94%9F%E3%80%8D&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa#mode%3Ddetail%26index%3D0%26st%3D0
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映画「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」
[2018/07/15]

週末、読売新聞の経済欄「ゆがむ国債市場」を読んだ後、父と日本経済について話をしました。 父によると現在、日本は1980年代後半のバブル経済とは違った金融緩和バブルだそうです。 前回のバブルと今回のバブルの大きな違いは商品の売れ具合。 大量の商品はあるのに魅力的な商品が少なく、人々は購買よりも通信やコミュニケーションにお金を払っている。 このまま金融緩和を続けても実体経済に好影響は出ないと言っていました。 最近、M証券で国債部門だった知人が証券会社を自ら辞めたのも、日本の国債に変化が起きている暗示かもしれません。 経済の話をした後、父の勧めで 「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」(馬場康夫監督、阿部寛、広末涼子主演、2007年)を見ました。 舞台は総量規制を行い不況に陥った2007年。主人公はタイムマシンに乗りバブル時代に戻って総量規制を止めさせるというお話。 映画の中でバブル時代、日本人がどのような感じでお金を使っていたのかうまく描かれています。本当かな、という感じ。 好景気を実感したことのない私にとってはバブル時代は夢のような時代です。 映画を見た後、「バブルは崩壊して初めてバブルとわかる -グリーンスパン、2002年-」や「静かな市場がいつまで続くか保証はない」という読売新聞の文面を思い出し、近い将来、市場が荒れるのではないかと懸念します。 これから日本経済が「失われた20年」のようにならなければ良いのですが……。

写真:https://image.biccamera.com/img/00000002125409_A01.jpg?sr.dw=320&sr.dh=320&sr.jqh=60&sr.mat=1


環境行動の社会心理学
[2018/07/08]

「環境行動の社会心理学」(編集 広瀬幸雄)は、環境行動論のテキストです。 先週末、前期の課題として、環境問題を環境行動論の理論をつかって説明しなさいというレポートが出されました。
環境行動論は、「環境問題がなぜ起こるのか」、「環境問題に対して人がどのようにアプローチしていくのか」を研究する社会心理学のひとつで、環境問題と人間の行為を比較、分析して、図式化してシステマティックに説明するゲーム理論を応用した学問。 ゲーム理論を使用してモデルを作ったシュミレーションで将来を予測したり、状況を再現します。 授業でもゲームを使った演習で環境問題やコミュニケーションの過程を再現しました。 一つの理論を様々な事例に応用できれば、将来を予測できるので便利ですが、状況は場所や時間によって変化するので、一つのモデルですべてを説明するのは難しく特定の領域でしか理論化できません。 人間の行動する広範囲な領域は一元化できるほど簡単ではないようです。大学では理論を教わるのですが、それをどのように実社会で応用するかは、個々人の応用力にかかっています。一般の人が読むようなテキストではない、大学生だからこそ手に取るテキストですね。

写真:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51yDKGSIUJL._SX351_BO1,204,203,200_.jpg


映画「君が君で君だ」
[2018/07/01]

水曜日、ゼミの特別授業に松居大吾監督をお呼びして、池松壮亮主演の「君が君で君だ」の映画試写会が行われました。 松居監督は1985年生まれで慶應大学経済学部卒の映画監督です。 「君が君で君だ」は好きな人のために、その人が好きな尾崎豊、ブラッド・ピット、坂本竜馬になりきる3人の「ストーカー」の物語。別の人物に「なりきる」ことがこの映画のテーマですが、 仮面をかぶり、自己さえも変えてしまうのは愛か、それとも現実からの逃避か、映画を見ていると様々な疑問がわいてきます。 松居監督が舞台活動で苦悩している時期に脚本を書いたそうなのですが、物語の根底には役になりきる俳優と本来の自分との間の葛藤を描いているような気がします。 現代社会の人間は多かれ少なかれ感情を隠しながら、何かを演じながら生きているのでしょう。 他人の前では自分の思いとは裏腹なことをしなければ人間関係に齟齬が生まれる。まさに感情社会学ですね。
ところで、この試写会に出席するには参加者全員が誰かになりきって参加するという条件が付いていました。 私はブラッド・ピットの格好ををして参加したのですが、友人たちも誰かの真似をして試写会に参加していました。 観客が誰かになりきっている奇妙な雰囲気の試写会でした。

写真:https://eiga.k-img.com/images/movie/88426/photo/3fc5a58aea22e4ac/320.jpg?1525136429
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