読書・映像鑑賞 2016年6月

大学生ははたして本を読んでいるのか
[2016/06/26]

「文学部生なのだから、週一冊本を読んで、それについて書こう」と思って始めたこの「読書」欄ですが、最近はほとんど本を読んでいません。1週間で1冊本を読むという企画は、ちょっと無謀だった気がします。文庫本や新書など分量の少ない本なら一日二日で読めますが、学術書だとそうはいきません。サークルやバイト、授業、美術館巡りなどの他の趣味に時間が取られ、1冊読破するのに十分な時間が取れません。これは何も私に限ったことではないようで、2016年に公開された「第51回学生生活実態調査」で、約半数の45.2%が、「1カ月に1冊も本を読まない」と答えています。「スマートフォンのやりすぎだ」という紋切り型の批判が聞こえてきそうですが、問題は学生生活の構造にあると思います。
大学生活を送っていると、社会人程ではありませんが、とにかく時間が無い。日中は当然、授業があり、放課後や土日は、サークルかバイトで埋まっています。また、最近は授業内課題や出席点などを通して、授業への参加を重視する傾向が強いため、授業を切って(サボって)、図書館で本を読んだり、映画を見たり、美術館へ行ったりするのが難しくなっています。授業時間も半期15コマ実施が必須になるなど、増える傾向にあります。授業やバイトなどの時間数などに変化がなくとも、実質的な授業時間や自由な時間の減少は大きくなっているのではないか。現代の学生の時間は、昔の学生よりも時間に拘束されていると思います。
また、ゼミの活動以外、ほとんど授業が無い3年生に比べて、必修科目をとっている1年や2年生は、読書に避ける時間が少ない気がします。3年生は空きコマなどの時間を使って読書できますが、2年までは空きコマがありません。アルバイトに関しても、「学生生活は学業が第一、アルバイトではない」という批判を耳にしますが、交際費やサークルの活動費、生活費など考えるとアルバイト無しでやっていけません。日本では、夏にもサークル活動や課題があるので、フランスのように長期休暇をすべてバイトに充てて、平日必要な資金をためてしまうということが不可能です。
このように、現代の学生の時間は予定に拘束され、読書に充てる十分な時間が取れないことがわかります。これは個人ではなくシステム、習慣上の問題のため、個人のちからで解決することは困難です。もう少し、自分の時間がほしいのですが、時間があれば怠けてしまうのが現在の学生。時間の確保をするのは難しいですね。

写真:http://pictkan.com/uploads/cache/2698131151/book-168824_1920-400x270-MM-100.jpg


「マッチラベル 明治・大正」 「広告マッチラベル 大正・昭和」
[2016/06/19]

「マッチラベル 明治・大正」
三好一著

慶美展に出品する「輸出マッチ」を制作するのに参考にした本の紹介です。 「マッチラベル 明治・大正」「広告マッチラベル 大正・昭和」には明治から昭和に掛けて、日本で制作されたマッチラベルが掲載されていました。
明治時代、マッチは日本の輸出品として海外に輸出され、国内でも商店や企業の配布用のマッチとして使用されました。 明治時代のラベルはデザインがオシャレで気に入っています。キジがサルの首を絞めている図案など、妙な図案があるも面白く、笑ってしまいます。 大正、昭和のラベルもモダンでかっこいいですが、図案が説明的になり、明治の頃に比べてインパクトが薄くなった気がします。 今回は、明治、アールデコ調のマッチラベルを参考に、現代社会で問題となっているマッチ・デザインを制作しました。 グローマル化が進む現在、問題は国内だけではなく、海外にも輸出されているような気がします。


樫尾直樹「スピリテュアル・ライフのすすめ」
[2016/06/12]

「スピリテュアル・ライフのすすめ」
樫尾直樹著

慶應義塾大学文学部准教授の樫尾直樹(1963年生まれ)先生の著書「スピリテュアル・ライフのすすめ」を読みました。 樫尾先生は文化人類学、宗教学が専門の社会学者、日本と韓国、フランスをフィールドにしています。 特に新宗教の研究が専門で、先生のゼミでは宗教施設へ見学に訪れているそうです。 弓山達也氏や伊藤雅之氏とともに「スピリテュアリティの社会学」を記し、現代日本の宗教学会を牽引してきた人物です。

樫尾先生は自身の生活にもヨガや瞑想を取り入れており、曰く「毎朝4時に起きて瞑想してから学校に来る」そうです。「スピリテュアル・ライフのすすめ」では、樫尾先生が普段実践しているヨガ、瞑想法、座禅法などが紹介されています。スピリテュアリティやスピリテュアルブームについての考察もあり、文章も平易で読みやすいので、興味のある方は読んで みると面白いかもしれません。

写真:http://www.el-aura.com/wp-content/uploads/2012/05/3ed76f9295130e4507e119dc2acd21d7.jpg


ピエール・ブルデュー「ディスタンクシオン」
[2016/06/05]

「ディスタンクシオン」
ピエール・ブルデュー著

ピエール・ブルデューの「ディスタンクシオン」を読み始めました。 ピエール・ブルデュー(1930〜2002)はフランスの社会学者で、その理論はマルクス主義に代わる新たな理論として注目されています。 「ディスタンクシオン」はブルデュー最大の著作で、階級や学歴など出自によって形成される「ハビトゥス(気質)」や、音楽、言葉遣い、学歴などの「文化資本」といった概念を提唱し、これらが世代間で継承されることによって、社会的地位が再生産されることを指摘しました。

ピエール・ブルデューは、1930年にベアルン地方の郵便配達夫の子供として生まれました。 小作農の家系で出身階級は低かったのですが優秀だったので、フランスの最高学府の一つである高等師範学校に入学します。 階級制度が色濃く残るフランスでは、最高学府である大学校に進学する学生は上層階級の若者が多く、ブルデューのような農村出身の若者が進学することは稀でした。 彼は上層階級出身の学生に囲まれて生活する中で、自分と他の学生の性格や志向、教養に大きな差があることに気づきます。 それを理論的に体系化したのが「ディスタンクシオン」です。近年、東京大学に入学する学生の親は高学歴、家計は高収入だそうです。 教育の機会均等が憲法には明記してありますが、受験生の間にも経済格差が出て、このまま固定化されるのでしょうか。 「文化資本」の概念を中心にして、それを探っていきたいと思います。

写真:http://fujiwara-shoten.co.jp/main/authors/archives/images/bourdieu.jpg


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