美術・音楽 2019年1月

「特撮のDNA-ゴジラからシン・ゴジラ展」に行くことができなかった
[2019/01/27]

先週、風邪をひいたので見に行く予定にしていた「特撮のDNAーゴジラからシン・ゴジラ展」(2018年12月19日~2019年1月27日)に行きませんでした。ゴジラファンの私としてはこのようなことになるなら、もっと早めに「ゴジラ展」に行けばよかったと後悔しています(2004年、岡本太郎美術館で開催された「ゴジラの時代展」には行ったのに……)。 私が初めてゴジラ映画を見たのは「ゴジラ対メガギラス」(2000年)です。当時、私は4歳でした。私の父は3歳の時、「モスラ対ゴジラ」を見ているので、私がゴジラ映画を見たのは父よりも遅かったことになります。それから18年間、ゴジラ映画が公開されるたびに映画館に足を運びました。今回の展覧会はゴジラの造形と特撮にスポットを当てた展覧会、着ぐるみもいくつか展示されていたようです。
最近、アメリカでハリウッド版のゴジラが作られていますが、CGで作るゴジラはどこかが違う。肌の質感や動きが大振りで、リアリティが薄くなったような気がする。東宝のゴジラ制作陣が着ぐるみにこだわっていたのも頷けます。着ぐるみ派の私としては、ゴジラはあくまで実物であってほしい。今年の5月31日にハリウッド版ゴジラ「キング・オブ・モンスターズ」が公開されます。予告編を見て、さらにゴジラは実物であってほしい感が増しました。国よってゴジラに対する感覚が違うのかな。

写真:http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/201901/CK2019011002000144.html
https://blogs.yahoo.co.jp/ao6g2003/14656530.html


明治150年記念「日本を変えた千の技術博」
[2019/01/20]

2018年10月30日~2019年3月3日
国立科学博物館

国立科学博物館で開催されている「日本を変えた千の技術博」に行きました。 博物館内には明治維新から平成時代まで日本人の技術者たちが粋を集めて作った実物の機械、電化製品、薬品、コンピューターなどが所狭しと展示され、さながら骨董市に来たような気分になります。 中でも私が感動したのはソニーが製作したウォークマンの1号機、ロータリーエンジンを搭載したマツダ・コスモスポーツ、 セイコークオーツなど、日本人が発明した展示品でした。 昔、日本人は「ものまねが上手な国民」と言われていましたが、この展覧会を見るとオリジナリティがある事が理解できます。 面白かったのは技術と生活に関連した展示品やエジソンが明治天皇に献上した蓄音機などのコーナーがあったことです。 それを見ると日本人の生活がどのように変化してきたかがわかります。この展覧会を観た感想は「結局、日本人はモノづくりが好きな国民だな」ということでした。 余計なモノを熱心に作ったり、過剰に生産しすぎるのが欠点かもしれません。モノは大切にしたいものです。

写真:http://meiji150.exhn.jp/
https://www.timeout.jp/tokyo/ja/things-to-do/
https://manabeya.com/meiji150/


「カタストロフと美術のちから」展
[2019/01/13]

2018年10月6日~2019年1月20日
森美術館

「カタストロフと美術のちから展」に行きました。テーマは「世界で起こるカタストロフ(大惨事)を主題に、惨事を世に知らしめ、後世に語り継ぐこと。また、戦争やテロ、難民問題や環境破壊など、危機的な問題に美術がどのように向き合い、美術が再生を遂げるためにどのような役割を果たすことができるのか」です。しかし、この展覧会を見ていると「美術とは何か」という疑問がわいてしまいます。展覧会では被災地や復興住居などの写真が多く災害の映像インパクトは大きなものですが、それをただ展示するだけでは報道写真と変わらない。 社会的に大きな出来事を切り取ってコピーしたものを美術といってよいかどうか。この展覧会の欠点はカタストロフを主題にしているが、それは映画の舞台美術のような感じ。それならば報道写真を見ればよいし、現地に行ってカタストロフに遭った遺物を実際に見た方が理解が早い。カタストロフに遭えば美術どころではないのに、恐ろしくも何ともない。平和ボケの中で製作された舞台美術品が羅列されている展覧会でした。

写真:https://www.japandesign.ne.jp/event/catastrophe-mam/
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/18591


個人主義の作家の時代は終わったのか?
[2019/01/06]

お正月にYМOの細野晴臣が企画した「イエローマジックショー2」を見ましたが、緩い番組でとても面白かったですね。父にYМOが活躍していた1980年代の音楽状況について聞いたことがあります。父曰く「あの時代は、個人的な実力がないとミュージシャンに成れない時代だった。だから、今でもサザンやユーミンは残っている。それに比べて集団主義の現在は、後世に残るミュージシャンなどほとんどいない。個人よりも組織を中心とした社会が芸術家の領域を犯している。その代表がジャニーズとAKB48。あれはミュージシャンではなく、サラリーマン。現代美術や音楽の分野も一緒」。
父によると1990年代、日本の債務が膨らむ頃から個人主義は消え、集団主義になったとのこと。「1980年代は国に借金がなかったから呑気だった。それで芸術家ものびのびしていた。みんなが昭和を懐かしむのは借金がなかった呑気な時代をうらやんでいるから」とのことです。はやり、芸術は個人的に経済力がなければ成立しないのでしょうか。
ところで、細野晴臣と高橋幸宏は立教新座高校出身のミュージシャン。私も立教新座高校生だったのですが、私がこの学校に通うことになったのは、父が細野、高橋ファンだったという個人的な理由からです。志望動機、緩いですね。

写真:https://www.cinra.net/news/20181029-hosonoharuomi
https://news.mynavi.jp/article/20181030-716132/


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