美術・音楽 2017年9月

カレ・ダール、ニーム美術館、古きニーム博物館
[2017/09/24]

メゾン・カレ

ニームは「メゾン・カレ」、「古代競技場(1世紀末)」、「古代集水場」などがある古代ローマ遺跡の町ですが、1980年代から都市開発も進められているモダンなデザイン都市の一面を持っています。 その象徴が「メゾン・カレ」の横に1993年に建てられたに完成した総合文化センター「カレ・ダール」。 モダンな建物の中には現代美術館、図書館、レストランがあります。この建物を設計したのはイギリス人のノーマン・フォスター、ロンドン市庁舎やミレニアムブリッジを設計した有名な建築家です。 ガラス、コンクリート、鉄という現代の素材を使っているのですが、それが古代ローマのメゾン・カレとマッチしているのが不思議。ここでも古代と現代を融合させるフランス人のセンスが光っています。光の取り入れ方が独特で明るい印象を受けます。 どちらかというとプロヴァンスは古代や中世の遺跡が残っている世界遺産のイメージが強いので、カレ・ダールのようなモダンな現代美術館が、人口15万人のニームにあることは驚きです。美術館内にはフランス内外の 作家の作品が展示されていました。 カレ・ダールに行った後、ニーム美術館に行ったのですが、こちらは近代作品の美術館。アヴィニョンでは中世の絵画ばかり見てたので、現代や近代の絵画が新鮮に映ります。古きニーム博物館は美術作品ではなく、プロヴァンス風の生活用具や衣装が展示してありました。日本でいうところの民芸ですね。 ニームは古代ローマの遺跡、中世の教会、近代美術、現代美術、美しい公園がある、2000年分を楽しむことのできる面白い町でした。


ニーム美術館

古きニーム博物館

古代競技場

古代集水場

カレ・ダール

カレ・ダール 内部

ニーム美術館

ニーム美術館

古きニーム博物館

アヴィニョン派の絵画
[2017/09/17]

アンゲラン・カルトン「聖母戴冠」
ピエール・リュクサンブール美術館

週末、アヴィニョンの隣町ヴィルヌーブ・レザヴィニョンに行きました。 この町は教皇派と対立していた王統派が作った町、アヴィニョンに比べて新しい感じがします。 川を挟んで敵同士の町が目と鼻の先にあるから面白いですね。 ヴィルヌーブ・レザヴィニョンには「フィリップ美男王の塔」、「サンタンドレ城塞」、「ピエール・リュクサンブール美術館」、イノケンティウス6世が創設した「祝福の谷の修道院」があります。 「フィリップ美男王の塔」からアヴィニョンを眺めると、法王庁の荘厳さが感じられます。 「祝福の谷の修道院」にはイノケンティウス6世の墓や回廊があり、見ごたえのある修道院でした。 「ピエール・リュクサンブール美術館」にはアヴィニョン派を代表する15世紀の画家アンゲラン・カルトンの代表作「聖母戴冠」があります。 日本ではなじみの薄い画家ですが、実物を見ると「聖母戴冠」は美しい作品。 ニーム出身のバロック画家レイモン・ルヴゥーやフィリップ・ド・シャンパーニュの作品も良かったですね。
ヴィルヌーブの美術館が面白かったので、翌日、法王庁の横にあるプティ・パレ美術館に行きました。 この美術館にはボッティチェリの「聖母子」や「アヴィニョン派」と呼ばれる画家たちの作品があります。 ここに来て私は、シモーネ・マルテーニ、マテォ・ジョバネッテイ、アンゲラン・カルトンなどの「アヴィニョン派」の存在がすることを知りました。 小さな美術館ですが、迫力のある作品が並んでいます。西洋絵画と言えばルネッサンス期の作品ばかりに焦点が当てられますが、それ以前の絵画も素晴らしい。 フランスが文化大国であることは地方都市でも感じることができます。


ボッティチェリ               シモーネ・マルテーニ

法王庁の横 プティ・パレ美術館

フィリップ美男王の塔

サンタンドレ城塞

祝福の谷の修道院

修道院内部


プティ・パレ美術館

法王庁宮殿
[2017/09/10]

アヴィニョンに法王庁が遷されたのは1309年です(1377年まで7人の法王在位したアヴィニョン捕囚)。 法王がアヴィニョンの町に滞在することが決まった後、この町に法王庁宮殿(Palais des Papes)が建設されます。 現在の法王庁宮殿は3代目のベネディクト12世が北半分の宮殿(ピエール・ポアソン設計)を、4代目のクレメンス6世が南宮殿(ジャン・ド・ルーブル設計)を建設させ、5代目のイノケンティウス6世の時代に教皇領都市の建設が終了しました。 ベネディクト12世は質素倹約派の法王ですが、次のクレメンス6世は貴族趣味のある法王だったので、南宮殿は派手です。クレメンス6世はイタリアからシモーネ・マルティーニを呼び、宮殿内の壁画などの装飾を描かせました。 また、詩人のペトラルカなどを読んで宴会を開き、アヴィニョンの文化を形成させました。当時、アヴィニョンはヨーロッパ文化の一大中心地だったようです。
法王庁内部には豪華な調度品や彫刻があったと言われています。 フランス革命ですべて略奪、破壊され、現在は伽藍洞でが、破壊を免れたサン・ジャン礼拝堂やサン・マルシア礼拝堂内にあるマティオ・ジョバネッティのフレスコ画で当時の面影を想像できます。 特に「鹿の間」と呼ばれる部屋にある壁画は素晴らしかったです。


ベルギー奇想の系譜 展
[2017/09/03]

「ベルギー奇想の系譜 展」
7月15日(土)~9月24日(月)
Bunkamuraザ・ミュージアム

8月の最終週、渋谷の文化村ギャラリーで開催されている「ベルギー奇想の系譜」(~9月24日)に行きました。 ベルギーはスペインからユダヤ人が移住した15世紀以降、現在でいうシュールレアリスム作品が盛んに制作されました。 その中心がブリューゲルやボッシュ(オランダ)などのフランドル派の画家たちです。 16世紀、フランドル地方に宗教改革の波が広がり、フランドル派の画家たちは「罪」や「徳」など宗教的な概念を持つ作品を盛んに制作します。 絵画もプロテスタント運動と密接に結びついていました。 16世紀のベルギー絵画は観念的でドイツの影響が強いのですが、18世紀、ナポレオン戦争で隣国フランスの影響力が増すと、ベルギー絵画もフランスの影響を受けて色調に変化が生まれ、明るく開放的になります。 ドイツ、オランダとフランスに挟まれたベルギー絵画の変化を見ていると、西北ヨーロッパの情勢が理解できて面白いですね。
世紀末のベルギーにはフランス、ドイツ文化(哲学)が混在したシュールレアリスムが登場します。 ルネ・マグリットの絵画はどこか観念的なのはドイツ文化の影響でしょう。隣国の影響を受けて制作が始められた絵画は500年間、多くの画家や現代美術家によって受け継がれています。

写真:http://www.museum.or.jp/uploads/imdb/file/event/00088527/00088527.jpg


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