美術・音楽 2017年1月

名前のない空
[2017/01/29]

知人が参加しているグループ展「名前のない空」を見に新宿区大京町にあるアートコンプレックスセンターへ行きました。 アートコンプレックスセンターには6つの画廊が入っており、「名前のない空」の他に若手作家の展覧会が同時に開催されています。 全体的にアニメや漫画チックなイラストっぽい作品が多く、今どきのアートシーンを感じさせてくれます。 従来の美術のイメージと違うので驚きましたが、見てみると売れている作品が結構ありました。アニメっぽい作品は「エロ」を入れると売れるようです。 いわゆる2次絵(アニメ絵)のような作品がアートして画廊に並んでいるのを見ると、果たしてこれを美術といっていいのだろうかと不思議な気分になります。 ポップ・カルチャーとアートの違いは何でしょう。私は、哲学性があるものがアートだと思います。 近代の美術界を見るとアフリカ美術を取り入れたり、夢や観念を絵にしたり、あるいは既製品を展示したり、様々な活動が行われています。 新しいものが出ればスキャンダルを起こし、「これは芸術じゃない」と批判されることが常ですが、どの美術作品にも時代に即した哲学性や思想性、抽象性があります。 だからこそアートは面白い。
今回の展覧会は「好きな人が気に入った作家の作品を買う」という特徴があります。作家と相性の良い人が、社会的な評価とは関係なく、自分独自の視点で作品を買っていく。 これはインターネットの登場でフラットされた共感の中に生きる現代人の行動の象徴のように見えます。現代人は物語性や共感性を求めている。 現代のアートシーンの一部を物語っています。

(右) 新宿区大京町・アートコンプレックスセンター

写真:http://www.gallerycomplex.com/info/../image/act.jpg


ポール・ゴーギャン「我々はどこから来たのか、どこへ行くのか」
[2017/01/22]

来週、実施される社会学概論の試験は、「我々はどこから来たのか、我々は何ものか、我々はどこへ行くのか」を社会学的に分析せよという問題が出ます。 これはポール・ゴーギャンが晩年、タヒチで描いた絵画のタイトル。2009年の「ゴーギャン展」で、この絵が来日した時、中学校1年の私は実物を見ました。
ポール・ゴーギャン(1848年~1903年)は、第二革命の年にパリに生まれました。 共和系ジャーナリストだった父が革命の影響で失職、死去すると、母はペルー人の祖母を頼ってリマに移住しました。 母はリマでインカ文明の骨董品をコレクションしていますが、そのような環境がゴーギャンの美術センスに影響を与えたようです。 ゴーギャンは7歳でパリに戻り、成人すると株仲買人、画商として成功した後、ブルターニュやタヒチで画家としての活動を始めます。 しかし、フランスで彼の絵は評価されず、失意のうちにタヒチを再訪、この時期、ゴーギャンは貧困や病気に苦しみ、遺作にしようと「我々はどこから来たのか、我々は何ものか、我々はどこへ行くのか」を描きました。 その後、ゴーギャンは自殺に失敗、再び創作を始め、マルキーズ島に渡り、そこで最期を迎えました。
ゴーギャンの人生を振り返ると、コスモポリタンであった彼が、複製、大量生産の均質的な近代文明に反旗を翻し、土着性や民俗性を大切にしていたことがわかります。 1900年代に入るとイギリスのアート・アンド・クラフト運動や柳田の民俗学など、反近代主義運動が先進国の間で起こります。 アフリカ彫刻に影響を受けたピカソが登場するのもこの頃。 マリノフスキーがトロブリアンド諸島でフィールドワークを始め、文化人類学の基礎を築いたのは1917年ですが、ゴーギャンには天性の反近代主義、文化人類学的な気質が備わっていた気がします。

写真:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/e5/Paul_Gauguin_-_D%27ou_venons-nous.jpg/400px-Paul_Gauguin_-_D%27ou_venons-nous.jpg


没後10年 ナムジュンパイク展 「2020年笑っているのは誰 ?+?=??」
[2017/01/15]

2016年7月17日~2017年1月29日
ワタリウム美術館

渋谷ワタリウム美術館にナムジュンパイクの回顧展を見に行きました。
展覧会は前期と後期に分かれており、後期は1980年代以降の作品が展示されています。 スーパーエレクトリックハイウェイのように、複数のテレビから一秒間に何コマという大量の映像が流れる、「時は三角形」。 ジョン・ケージへのオマージュである「ケージの森」。ロボット「K-456」シベリアを旅して作った「ユーラシアのみち」。 緑の党運動で有名なヨーゼフボイスとの共同作品などが展示されています。 展覧会では、他にもパフォーマンスを録画した映像や、作品について語ったインタビュー映像が放映されていました。
ナムジュンパイクは僕の好きな作家のひとりですが、2006年に亡くなっているので、私は今までこうした大規模な展覧会を見る機会を得られませんでした。 図録やテレビで見るより、実際に見ると、奥行き感や作品の存在感に圧倒されます。韓国にナムジュンパイクの美術館があるので、いつか行ってみたいと思います。
インタビュー映像で印象に残っているのはパイクの「学者は間違えてはいけないから本当のことは語れない。芸術家は間違えてもいいから本当のことを語れる」という言葉。 ロボットやスーパーエレクトリックハイウェイ(インターネット)の概念を打ち立てたパイクは、哲学的、科学的な芸術家です。 私はアートの面白さは既成概念を打ち破り、新たな概念を生むところにあると思います。そのためには考え方を柔軟にする必要があるでしょう。 若いうちだから頭脳も鍛えらえる。大学時代になるべくたくさんのことを吸収したいと思います。

写真:http://www.watarium.co.jp/exhibition/1608paik/index.html


「クラーナハ展」
[2017/01/08]

2016年10月15日~2017年1月15日
国立西洋美術館

今週の日曜日に国立西洋美術館に「クラーナハ展」に行きました。 クラーナハ(1472年~1553年)はルネサンス期のドイツ人画家で、ウィーンで修行したのち、ザクセン公国の首都ヴィッテンベルクで宮廷画家として活動します。 イタリア諸国で盛んになっていたルネサンス芸術をアルプス以北に持ち込み、肖像画や銅版画、裸体画などを描きました。 ルネサンス期の特徴である工房による制作を行い、作品に蛇の印を押して商標の代わりとするなど、経営面でも革新的な画家です。 当時、ヴィッテンベルクを治めていたザクセン選帝侯フリードリヒ3世(賢明公)がマルティン・ルターを保護し、プロテスタントを承認していたため、クラーナハはルター派の画家としても活躍します。 クラーナハの絵を見ると、宗教画から写実主義への移行やプロテスタントの興隆など当時の時代情勢がよくわかります。
ちなみに、私のお気に入りは「メランコリア」。ルネッサンス期に注目された憂鬱の概念をテーマにした作品です。 憂鬱な表情の女神フォルトゥーナの周りでおどけている天使の様子が面白い。 また、「ヴィーナス」や「正義のアレゴリー」など、クラーナハの描く女性像は写実的ですが、どこか宗教画を彷彿とさせるデフォルメがなされていて独特の魅力を持っています。

右 「メランコリア」

写真:http://www.tbs.co.jp/vienna2016/


過剰な演出
[2017/01/01]

年末は祖母宅で紅白歌合戦を見ました。音楽産業の衰退と共に、人気が低迷している紅白では、毎年、視聴率獲得のために様々な演出をしています。今年の演出は賛否両論があったようです。
数年前から演歌や歌の最中に歌手の後ろでAKBやももクロなどのアイドルグループやダンサーが踊るようになりました。歌に興味がなくても、好きなアイドルが出ていればファンは見ますから確かに視聴率を上げるには効果的です。しかし、視覚的にはこれはかえって逆効果な気がします。背景が騒がしく、本命の歌手が目立ちません。舞台に歌手が一人立って歌うほうが、すっきりして画面としてきれいな気がします。
また、昨年末の紅白には寸劇がたくさん入りました。ピコ太郎、マツコ、タモリ、渡辺直美、そしてゴジラ、ちょっと多すぎる気もします。特にゴジラは公開時のエヴァンゲリオンとのコラボ、SoftbankのCMとのコラボに続いて3つ目のコラボでした。寸劇はライブやコンサートの途中に「間」を作るものです。途中で息抜きをさせることで、長時間でも観客は飽きずに公演を楽めます。これは、古くから用いられる演出のテクニックで、能では演目の途中に狂言を入れます。本来は観客をリラックスさせ、公演をより面白いものにするための寸劇ですが、それを多用しすぎるとかえって、うっとうしくなってしまう、過剰な演出に飽きることになります。
テレビに限らず、最近は映画や音楽などのエンターテイメントにおいて、現代の芸術には「間」が欠けているような気がします。画面に情報を詰めすぎ、音楽も同様、曲に音を入れすぎ。複雑でもフランドル楽派のように、相互に絡み合い、荘厳できれいなものになれば良いのですが、今の映画や音楽は無駄な情報や音に埋もれ気味。
私はシンプルでも深みのある作品が好きです。シンプルといっても、ミニマリズム的なものでは無く、存在感があって、空間が際立つような、そういうものが良いですね。それを感じられる映画や音楽、美術作品に出合いたい。年の瀬に、このようなことを考えました。

写真:http://stat.ameba.jp/user_images/20170101/16/sikibuk/23/b2/j/o0448024713835392984.jpg?caw=800


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