美術・音楽 2016年5月

新橋 アド・ミュージアム 「世界を幸せにする広告」
[2016/05/29]

2016年5月17日〜7月30日
アド・ミュージアム東京

社会学のレポート課題があったので、アド・ミュージアム東京を訪れました。アド・ミュージアムは東京新橋の電通本社ビル真横にある広告・マーケティングの博物館。 「電通鬼十則」で知られる電通4代目社長吉田秀雄の功績を記念して創設された博物館です。 展示室には江戸時代から、現代(2009年)までの広告が展示されていました。幕末の看板や浮世絵、明治、大正期のポスター、各時代の製品パッケージに加え、ラジオ広告やテレビCMなど様々な資料があります。 これらの資料は時代ごとに区分けされており、展示を通して近代広告の歴史を俯瞰できます。 ミュージアム内にある図書館には広告・マーケティング関係の研究論文の他、広告、デザインの指南書のような本もあり、研究者の他に広告代理店員やデザイナーの方にも利用されているようです。 私が訪れたときも、デザイナーの方が資料を探していました。ポスターやCMなど実物の資料と書籍、その双方から広告について学べるのがアド・ミュージアムの魅力です。
アド・ミュージアムでは5月17日から7月30日まで企画展「世界を幸せにする広告」が開催されています。人権、差別、格差、教育、安全、環境などの社会問題解決に向けアプローチした各国のチャリティ広告やキャンペーンを紹介する企画。 こういうことをいうと「不謹慎」のレッテルを張られるかもしれませんが、こうした「世界を幸せにする広告」の展開は事前活動である反面、営利的事業でもあると思います。 1980年のライブエイドによるアフリカ救済キャンペーンや、2014年のグラミー賞での同性カップルの集団結婚式など、音楽シーンではこうしたチャリティイベントが度々行われてきました。もちろん、これらのイベントはアーティストの信条に基づいて行われています。 ただ、こうしたイベントの広告効果は絶大で、東日本大震災以後、それに目がくらんだ芸能人やアイドル歌手による「売名行為」が問題になりました。ビジネスといえど、人間の尊厳を捨てるのは問題です。 現在でも、5200万人の奴隷がいることが発表されましたが、彼らはそれに対して、どのようにアプローチするのでしょう。 「世界を幸せにする広告」はイベントの注目度を上げ、広告の効果を高める営利的な側面と、差別や貧困など社会問題解決を訴える慈善的側面を併有しています。 しかし、その根底にあるのはやはり、世界を幸せにしようとする人道的な志ですね。


スタジオ設立30周年 ピクサー展
[2016/05/22]

2016年3月5日〜5月29日
東京都現代美術館

 東京都現代美術館に「スタジオ設立30周年 ピクサー展」に行きました。Pixarは米カリフォルニア州にあるディズニー傘下のアニメーション制作会社。 「スタートレック」などを手掛けたルーカスフィルムのCG部門をスティーブ・ジョブスが買収し、1986年に設立されました。 「トイ・ストーリー」「モンスターズ・インク」「カーズ」などの代表作を映画館で観た方もいるのではないでしょうか。 1990年代まで「CGによる長編アニメ制作は不可能」といわれており、「トイ・ストーリー」は革新的な作品となりました。 PixarはMac、iPhoneとならんでジョブス伝説の一つとなっています。
「ピクサー展」では映画作成の過程で制作されたキャラクターの原画や、カット割りなどが展示されています。 キャラクターやストーリーの考案から、CGの作成まで、アニメ制作の過程を追って鑑賞できるよう工夫されていました。 人気は絶大で、休日には3時間待ちの列ができるそうです。
ところで、私のピクサー展の印象は「軽いな〜」。美術作品を見て、思索することが好きな私はちょっと物足りなさを感じました。 美術作品には作者の思想や哲学、時代性が含まれていますが、ピクサー展には「難解」な部分が無く、軽快です。 人気の原因は「わかりやすさとキャラクターの魅力」でしょう。
スマホが普及し、手元の端末ですべてが完結する現代、人間は情報処理に追われ、外部にある現実的な世界を重く感じるようです。
異質な世界に触れ、他者と接することで何かが生まれると思うのですが……。私は土着的な重力派です。

写真:http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000016447.html


ディープ・パープルのコンサート
[2016/05/01]

先週の日曜日、夕方、日本武道館にディープ・パープルのコンサートを1人で見に行きました。
ディープ・パープルは1968年に結成されたハードロックバンドです。1976年に一度、解散しましたが、1984年に再結成され、10期のメンバー交代を行いながら現在に至っています。 ディープ・パープルを支持した世代は、ちょうど私の父親の世代、「おっさんたち」です。 もちろん、会場にはロックファッションで決めたおっさんたちがたくさん詰めかけていました。 コンサートは「ハイウェイ・スター」で始まったのですが、皆、のりのり。若い私もおっさんたちに交じって踊りました。
私の父もディープ・パープルは好きなのですが、これまで数回、見に行ったので飽きたようです。 これまで私は小中学生時代、父親に無理やり誘われ、「甲斐バンド」、「ボイス・オブ・レインボー(ジョー・リン・ターナー)」などのコンサートなどに行きました (最近は親子でコンサートに行かなくなったな〜)。
ディープ・パープルは結成されて48年、甲斐バンドは結成されて42年、共に半世紀近く活動しています。 これからも、2つのバンドの活躍を期待しています(いつか、リッチー・ブラックモアのディープ・パープルが見たい!)


写真:https://img.barks.jp/image/review/1000123321/news_photo01.jpg
http://ecx.images-amazon.com/images/I/61Lop4flEVL.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c9/Deep_Purple_at_Wacken_Open_Air_2013_27.jpg/294px-Deep_Purple_at_Wacken_Open_Air_2013_27.jpg


生誕300年記念 若冲 展
[2016/05/08]

2016年4月22日〜5月24日
東京都美術館

上野の東京都美術館に「生誕300年記念 若冲展」を見に行きました。伊藤若冲は江戸時代中期の画家、「群鶏図」や「樹花鳥獣図屏風」などの代表作があります。 京都の青物問屋の長男として生まれましたが、商売に興味を示さず、40歳と比較的早い時期に家督を弟に譲り、絵に没頭しました。
祝日は混雑が予想されるので、ゴールデンウィークの合間を縫って、平日の金曜日に行きました。しかし、それでも入館するのに計2時間弱かかった。 館内も人でいっぱい。日本画でこれほど混雑するのは珍しいようです。 おそらく、公開期間が約1ヵ月で短かったのに加え、4月末にNHKプレミアムで特番を放送したのが混雑の原因でしょう。
ところで、先日放送されたザ・プレミアム「若冲 いのちのミステリー」(NHK、4月30日放送)で、「若冲の生きた時代に大きな飢饉があり、 若冲は絵を通して『いのち』の大切さを伝えようとしたのではないか」 といった指摘がされていました。この番組に限らず、NHKの番組ではよく日本の美術作品が、「いのち」とか「いのり」と結び付けて語られます。 このような表現を見ていると、NHKが放送を通して「『いのち』を大切にする優しい日本人像」を宣伝しようとしているように感じられてなりません。恐らく戦後平和主義の一環としてやっているのでしょうが、さすがにちょっとやりすぎかな〜。若冲の良さはもっと別のところにあると思います。
伊藤若冲が生きた18世紀、日本で本草学(いまでいう博物学)が盛んでした。 貝原益軒によって「大和本草」が書かれたのは1709年。1738年には稲生若水が『庶物類纂』を刊行しました。 「群鶏図」や「花鳥図」「魚図」など、若冲の作品はその写実性が有名ですが、これは本草学の生物画の影響を受けています。 また、この時代、徳川吉宗の「享保の改革」によって、洋書の輸入規制が緩和され、蘭学が盛んになります。 今回出品された「樹花鳥獣図屏風」も西洋のモザイク画の影響が顕著で、若冲が西洋文化に影響されていたことがわかります。 このように、若冲の作品の凄さは、本草学や蘭学など当時の日本の世相を反映しているところではないでしょうか。 若冲に限らず、時代を超えて愛される名作には制作された当時の時代状況が反映されています。

貝原益軒 『百姓嚢』

写真:http://www.nhk-p.co.jp/common/event/main/jakuchu-main2.jpg
http://rarebooks-fukube.com/68/z39349a.jpg
http://www.fashion-press.net/img/news/20562/jakutyu_2015_09.jpg


「俺たちの国芳、私たちの国貞」
[2016/05/01]

2016年3月19日〜6月5日
渋谷 BUNKAMURA ザ・ミュージアム

渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 私たちの国貞」を見てきました。 歌川国芳(1797〜1861)は、奇抜な構図や斬新なアイディアで人気を博した浮世絵師です。「水滸伝」シリーズなど武者絵を得意とし「武者絵の国芳」と称されました。 歌川国貞は面長猪首型の美人画を得意とする浮世絵師で、国芳の兄弟子にあたります。 国芳と国貞は、「東海道五十三次」で有名な歌川広重とともに、「豊国(国貞)にかほ(似顔)、国芳むしや(武者)、広重めいしよ(名所)」と称されました。
国芳、国貞の浮世絵を見ていると、江戸時代の日本人の美的センスがいかに洗練されていたかわかります。 窓から差す光の影が模様になっていたり、倒れた提灯から漏れる光が夜道の人物を照らすスポットライトの効果を演出していたり、風景にデザイン(模様)を組み入れた国芳の浮世絵に感動しました。 雷の表現や狐の幽霊の表現など、現代の我々がみても斬新さを感じるデザインは150年前に描かれた版画だとは思えません。
明治時代、文明開化の影響で西洋画が重宝され、浮世絵は日本人に忘れられてしまいます。 しかし、外国人の浮世絵の評価は高く、お雇い外国人によって多くの浮世絵が海外に持ち出されました。 今回の展覧会の作品も、明治時代にエドワード・モースやフェノロサなどによってアメリカに持ち出されたものです。
また、フランスに渡った浮世絵は印象派に影響を与えました。モネ「ラ・ジャポネーズ」やルノワール「団扇をもつ少女」には浮世絵の影響が顕著に表れています。 ドガのバレリーナを描いた一連の作品も北斎漫画の影響を受けているといえるでしょう。 日本で印象派の展覧会があると連日長蛇の列ができますが、浮世絵の影響を受けた印象派の絵画は日本人の美意識に通じるところがあるのかもしれません。
ところで、浮世絵は明治維新から150年経ってやっとその価値を理解されるようになりましたが、現代日本にも、まだ見落とされている部分があるように思えます。 海外に素晴らしい芸術家や学者がいるのは勿論ですが、我々は自国の文化、芸術、学問あるいは社会に目を向けるべきなのではないでしょうか。



写真:https://www.fashion-press.net/img/news/20540/20151209_kunisada_08.jpg
http://www.perfect-space.jp/onelife/wp-content/uploads/2016/04/2.jpg
http://www.site-andoh.com/KuniyoshiUtagawaTheChus.gif


上へ戻る   ホーム